坂野惇子の戦後-預金封鎖と新円切替と財産税

朝ドラ「べっぴんさん」のモデルとなる坂野惇子の生涯を描く「べっぴんさん-坂野惇子の立志伝」の第8話「坂野惇子の戦後-預金封鎖と新円切替と財産税」です。

このページは立志伝の第8話です。これより前の話は、目次「べっぴんさん-坂野惇子の立志伝」から選んでください。

べっぴんさん-坂野惇子の戦後

終戦を迎えた日本はインフレにあえいでおり、日本政府は終戦の翌年(昭和21年)、極度のインフレを解消するため「新円切換」「預金封鎖」「財産税」を断行した。

日本政府は新円切り換えを行い、1人100円を限度に旧円を新円と交換し、残りを強制的に預金させた。また、給料も新円500円までを支給し、残りを強制的に預金させた。

さらに、預金の引き出し限度額を1ヶ月、世帯主300円、家族1人100円に制限したうえ、10万円以上の財産を持つ者には、財産税を課したのである。

坂野惇子は疎開先の岡山県勝山町で、幼い娘・坂野光子を抱えたまま、消息の分からない夫・坂野通夫の帰りを案じていたところに、「新円切換」「預金封鎖」「財産税」という問題が降りかってきた。

坂野惇子は、土地や株式の約50万円と三菱信託銀行に預けてある預金10万円に財産税がかけられたうえ、預金封鎖により、預金を引き出せなくなってしまった。

坂野惇子は、財産税の支払いに困り、財産税の支払いについて相談するため、京都に居る父・佐々木八十八の元を訪れた。

ちょうど、このとき、復員した尾上清が、江商の衣料部長に就任する挨拶と報告をするため、佐々木八十八の元を訪れていた。

尾上清は、佐々木営業部(レナウン)の支配人を務めた尾上設蔵の長男で、佐々木八十八営業部に就職していたが、支配人・尾上設蔵は第二次世界大戦中に死去。さらに、佐々木営業部も戦時中に国の企業整理によって江商(総合商社「兼松」)に吸収合併されて消滅していた。

尾上清は佐々木営業部(レナウン)を江商に売却した時に身をひいていたが、復員後、江商に乞われて江商の衣料部長に就任することになり、その報告と挨拶をかねて佐々木八十八の元を訪れていた。

一方、佐々木八十八は佐々木営業部(レナウン)を支配人・尾上設蔵に任せて政界へ進出し、貴族院議員になっていたが、昭和21年(1946年)に実質的に貴族院議員としての活動を終えていた。

そこで、佐々木八十八は、江商の衣料部長の就任の挨拶に来た尾上清に、佐々木営業部(レナウン)復活の夢を託したのである。

さて、財産税の相談をするために父・佐々木八十八の元を訪れた坂野惇子は、兄のように慕っていた幼馴染みの尾上清が居たので、今後の生活を相談すると、尾上清から意外な言葉が返ってきた。

「今までとは違うのですよ。もう昔のお嬢さんではいけない。自分の手で仕事をし、自分の手で生きていく。一労働者になりなさい。働く気になったら、出ていらっしゃい。生地でも売る仕事をつくってあげましょう」

坂野惇子は思いがけない尾上清の言葉に驚いたが、父・佐々木八十八も坂野惇子に「もう時代が変わってしまったのだ。清さんが言うように、頭を切り換え、健康にさえ気をつけてくれるのなら、誰も皆、働くということはいいことだと思うよ」と言い、尾上清の意見を支持した。

坂野惇子は、尾上清と父・佐々木八十八の言葉に驚きながらも、疎開先の岡山へ帰る汽車のなかで、父・佐々木八十八の元に身を寄せて働くことを決意し、消息の分からない夫・坂野通夫が早く帰ってくる事を強く願ったのであった。

立志伝の第9話は、目次「べっぴんさん-坂野惇子の立志伝」から、ご覧ください。

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