岡崎晴彦の妻・坂野光子(岡崎光子)の立志伝

朝ドラ「べっぴんさん」のモデルとなる坂野惇子(佐々木惇子)の長女・坂野光子(岡崎光子)の立志伝です。

坂野光子の立志伝

坂野光子(ばんの・てるこ)は昭和17年(1942年)10月13日に、兵庫県神戸市東灘区岡本で、坂野通夫の長女として生まれた。

母は皇室御用達の子供服ブランド「ファミリア」の創業者・坂野惇子である。

坂野光子は、小林聖心女子学院を卒業。昭和37年(1962年)に来日していたハッチャー婦人に気に入られ、昭和38年(1963年)5月から1年7ヶ月にわたり、ハッチャー婦人の元に身を寄せてアメリカ留学する。

坂野光子はアメリカ留学中にスヌーピーのファンになっており、帰国時にアメリカからスヌーピーの本を数冊持ち帰る。

さらに、本だけでは飽き足らず、帰国後は自分でスヌーピーの刺繍を入れたテーブルクロスやクッションなどを自作した。

これに、母・坂野惇子が影響されてスヌーピーが好きになり、次第に父・坂野通夫も影響され始めた。

これが切っ掛けで、ファミリアはスヌーピーのコピーライトを申請し、昭和45年(1970年)4月からスヌーピーの縫いぐるみの販売を開始。スヌーピーはファミリアの代表商品の1つとなる。

岡崎晴彦との結婚

坂野光子は、昭和42年(1967年)3月4日、三和銀行に勤めていた岡崎晴彦と結婚し、長男・岡崎忠彦、長女・岡崎ミサ、次男・坂野雅(岡崎雅)を儲けた。

夫・岡崎晴彦は三和銀行から東京計器制作所へと移り、昭和46年(1971年)7月にファミリアへと移った。

そして、ファミリア35周年を機に、社長・坂野通夫が代表取締役会長へと退き、夫・岡崎晴彦がファミリアの社長に就任した。

キリスト教の洗礼

坂野光子は熱心にキリスト教(カトリック)を信仰していたが、坂野通夫・坂野惇子の許しが出なかったので、洗礼は受けていなかった。

平成4年(1992年)4月に母・坂野惇子が心筋梗塞で倒れて危篤状態に陥ったが、奇跡的に助かったので、母・坂野惇子は神の奇跡に感謝して、キリスト教(カトリック)の洗礼を受けた。

すると、父・坂野通夫も、坂野惇子が助かった事に感謝し、キリスト教(カトリック)の洗礼を受けたので、坂野光子も洗礼を受けることを許され、宿願が叶って洗礼を受けた。

坂野光子の子供

子供は、長男・岡崎忠彦、長女・岡崎ミサ、次男・坂野雅(岡崎雅)の3人で、夫・岡崎晴彦の死後、長男・岡崎忠彦がファミリアの社長を継いだ。

次男・坂野雅(岡崎雅)は、父・坂野通夫が公私ともに世話になっていた阪急百貨店の初代社長・清水雅から名前を拝領して名付けられた。

また、坂野通夫・坂野惇子は子供が長女・坂野光子だけだったので、坂野姓を継ぐ者が居なかったが、坂野姓の継承を強く望んでいた。そこで、坂野光子の次男・坂野雅(岡崎雅)がこの願いを受け入れ、坂野惇子の養子となり、坂野姓を継いだ。

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