まんぷく-今井福子(安藤サクラ)のモデルは安藤仁子

NHKの朝ドラ「まんぷく」の主人公・今井福子(結婚後は立花福子)の実在のモデルと実話のネタバレです。

まんぷく-今井福子(安藤サクラ)のあらすじ

今井福子(安藤サクラ)は大阪府で三姉妹の三女として生まれ、貧しいながらも愛情を受け、食べるのが大好きな女性として育った。

父が早くに亡くなったので、家計を支えるため、女学校卒業後はホテルの電話交換手として働いており、そこで、立花萬平(長谷川博己)と出会い、立花萬平と結婚する。

夫・立花萬平(長谷川博己)は実業家で、結婚後は裕福な暮らしをしていたが、夫・立花萬平が脱税で逮捕されたり、事業が失敗したりして、全財産を失ってしまう。

そこで、今井福子(安藤サクラ)はインスタントラーメン作りを提案し、夫・立花萬平(長谷川博己)とともに、再起を賭け、二人三脚でインスタントラーメン作りを開始するのだった。

今井福子(安藤サクラ)のモデルは安藤仁子

朝ドラ「まんぷく」の立花福子(安藤サクラ)のモデルは、安藤仁子です。

安藤仁子は、福島県の二本松神社の神主を務める安藤家の出身で、戦時中に、在日台湾人・呉百福(後の安藤百福)と結婚した。

戦後、夫の呉百福(安藤百福)が華僑(中国人)登録をして戦勝国民となり、様々な特権を得て莫大な富を築き、「日本一の大金持ち」となった。

しかし、GHQが在日台湾人への課税を強化したことから、夫・呉百福(安藤百福)は脱税で逮捕・投獄されてしまうのだった。

夫・呉百福(安藤百福)は裁判を起こすと、当局は訴えを取り下げることを条件に即時釈放を約束したが、夫・呉百福(安藤百福)はそれを拒んで裁判を続けた。

安藤仁子は面会に行くたびに裁判を取り下げるように頼んだが、夫・呉百福(安藤百福)はクビを縦に振らなかった。

しかし、夫・呉百福(安藤百福)は、裁判から2年ほど経過したある日、面会を終えて帰る安藤仁子と次男・安藤宏基と長女・安藤明美の背中を見て、裁判を取り下げ、釈放されたのだった。

釈放後、大阪華僑の優である夫・呉百福(安藤百福)は、人から頼まれて、華僑向けの信用組合「大阪華銀」の知事長に就任するが、大阪華銀は貸し出しがルーズだったので、預金よりも貸出額が多くなり、三和銀行から手形の割引を停止されてしまう。

これによって大阪華銀は倒産し、夫・呉百福(安藤百福)は理事長としての責任を問われ、全財産を失うのであった。

夫・呉百福(安藤百福)は、全てを失ってしまうが、なんとか借家だけを確保すると、借家の庭に小屋を建てインスタントラーメンの開発を開始した。

そして、安藤仁子が台所で天ぷらを揚げているのを見て、夫・呉百福(安藤百福)は麺を油で揚げて乾燥させる「瞬間油熱乾燥法」を思いつき、チキンラーメンの開発に成功したのである。

安藤仁子や子供たちもチキンラーメン作りに協力するが、チキンラーメンは1袋35円(現在の価値で約500円)と高価だったため、問屋に相手にしてもらえず、「お金は売れたらで結構です」と言い、問屋に商品を置いてくるという始末だった。

こうして、昭和33年8月25日にチキンラーメンが正式に発売し、4ヶ月後の昭和33年12月20に社名を「日清食品」へと変更した。

そして、宣伝が功を奏したようで、ある日、突然、チキンラーメンが爆発的に売れ始め、問屋が現金を持って工場に詰めかけるようになる。

こうして売れるようになったのは良いが、粗悪な類似品や模倣品が誕生したほか、各業界から続々とインスタントラーメンに参入し、泥沼の特許紛争を起こすのであった。

安藤仁子は創業時から日清食品の取締役を務めていたが、昭和46年(1971年)5年に辞任してた。

なお、朝ドラ「まんぷく」に登場する立花福子(安藤サクラ)のモデルは安藤仁子だが、安藤仁子の資料はほとんど存在しないので、立花福子(安藤サクラ)はほぼオリジナルキャラクターとして描かれる。

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