わろてんか-北村啄子のモデルは吉本ユキ

NHKの朝ドラ「わろてんか」に登場する北村啄子(きたむら・つえこ)の実在のモデルを紹介します。

わろてんか-北村啄子のあらすじ

北村啄子(きたむら・つえこ)は、大阪船場の米問屋「北村屋」の「ごりょんさん」で、北村藤吉(松坂桃李)の母に当たる。

北村藤吉が嫁として連れてきた藤岡てん(葵わかな)に対しても厳しい態度を取り、大阪名物の嫁イビリで、藤岡てん(葵わかな)を徹底的にイジメ抜くのである。

北村啄子のモデルは吉本ユキ

北村藤吉(松坂桃李)のモデルが吉本泰三(吉本吉兵衛)なので、家系図から考えると、北村啄子のモデルは吉本泰三(吉本吉兵衛)の継母・吉本ユキ(旧姓は出口ユキ)である。

吉本泰三(吉本吉兵衛)の実母・吉本ミネが死去し、吉本せい(林せい)が吉本泰三(吉本吉兵衛)と結婚する少し前に、吉本ユキ(出口ユキ)が後妻に入り、吉本家が経営する老舗の荒物問屋「箸吉」の「ごりょんさん」となった。

吉本泰三(吉本吉兵衛)は吉本せい(林せい)と結婚して、吉本家の家督を相続するが、継母・吉本ユキ(出口ユキ)との関係が上手くいっていなかったため、荒物問屋「箸吉」を放りだし、芸人遊びにうつつを抜かすようになった。

さて、吉本ユキはかなり口やかましい性格だったらしく、吉本せい(林せい)が嫁として吉本家に入ると、吉本ユキは徹底的に吉本せい(林せい)を虐めた。大阪名物の嫁いびりである。

吉本ユキは、結婚から三日の里帰りから戻ってきた吉本せい(林せい)に、タライに山盛りになった洗濯物をさせて嫁いびりを開始した。

この洗濯物は、分厚い木綿生地ばかりだったので、吉本せい(林せい)は手の皮が剥け、タライの水は血に染まったという。

さらに、吉本せい(林せい)は、家族10人分の流離の準備を任されたのだが、吉本家は米の半分は南京豆を混ぜるという始末屋(ケチ)であった。

ある日、吉本せい(林せい)は姑・吉本ユキからコンニャクを三銭分買ってくるように言われたので、1丁5厘のコンニャクを6丁購入し、ダシじゃこを入れて煮染めにして出した。

すると、吉本ユキは「このコンニャクの炊き方はなんやね。正月の煮染めやないで。コンニャクを惣菜に買うたのはおつけにするためやで。おつけやったら、汁でお腹が一杯になるさかい、ご飯の足しになりますんや。こないな所帯持ちの悪い嫁に来られては、わてら乞食せなならん」と嫌みを言った。

こうして、姑・吉本ユキは、嫁に来た吉本せい(林せい)をイジメ抜いたのだが、吉本ユキの嫁イビリも数年で終わりを迎えることになる。

吉本家の荒物問屋「箸吉」は繁盛した老舗だったが、吉本せい(林せい)が吉本泰三(吉本吉兵衛)と結婚したころには、日露戦争後の不況で貸し倒れが相次ぎ、荒物問屋「箸吉」は傾いていた。

それにくわえて、吉本泰三(吉本吉兵衛)が芸人遊びにうつつを抜かして、一座「女賊島津お政本人出演のざんげ芝居」の太夫元(興行主)となり、旅巡業に出る度に借金を増やしていた。

そのようななか、吉本家の荒物問屋「箸吉」は、大阪市電鉄の計画にひっかかり、行政から立ち退きを命ぜられて、廃業に至ったのである。

吉本家は立ち退き命令を受けて黒門町の方へ引っ越したが、吉本せい(林せい)は吉本家には付いていかず、実家の林家に戻って、吉本泰三(吉本吉兵衛)を待ったので、吉本ユキの嫁イビリも終わったのである。

その後、吉本泰三(吉本吉兵衛)と吉本せい(林せい)は、天満宮(天満天神)裏にある寄席「第二文芸館」の経営に乗り出すことになり、吉本家にお金を借りに行った。

しかし、当時の芸能人は「川原乞食」として蔑まれていたので、吉本家は老舗の荒物問屋「箸吉」を経営してきたプライドから、芸能界への進出を反対して、吉本泰三(吉本吉兵衛)らを勘当同様の扱いとした。

こうして、吉本家との関係も切れたため、吉本泰三(吉本吉兵衛)は、吉本家から襲名した「吉本吉兵衛」の使用を止め、以降は通称の「吉本泰三」を名乗るようになった。

なお、朝ドラ「わろてんか」のモデルについては「わろてんか-登場人物の実在モデル」をご覧ください。

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