神山清子の夫・神山易久の立志伝

朝ドラ「スカーレット」のモデル神山清子の夫で信楽焼の陶芸家として活躍する神山易久(こうやま・やすひさ)の立志伝です。

神山易久の立志伝

神山易久の画像神山易久は昭和11年(1936年)5月に滋賀県信楽町で生まれた。父親は郵便局に務めていたが、曾祖父が陶器を扱い、祖父が陶土を扱う仕事をしていた。

神山易久は生まれも育ちも信楽町で、滋賀県立職業訓練所を出た後、近江化学陶器に就職して、同僚の神山清子(金場清子)と出会って結婚し、共働きを続けながら、長女・神山久美子と長男・神山賢一を儲けた。

近江化学陶器を退職後は、日本陶飾を経て独立し、陶磁器デザイナー日根野作三に師事してクラフトデザインを研究して、日本クラフトデザイン協会に所属した。

昭和44年(1969年)に、郷土に残る文献と、荒川照蔵の穴潔築窯に携わった知人の協力を得て、半地下式穴窯、「寸越窯(ずんごえがま)」を築き、釉薬を使わない古代信楽焼の「自然袖」の再現に着手したが、妻・神山清子(金場清子)と離婚する。

妻・神山清子(金場清子)側の資料によると、神山易久が他に女性を作り、家を出たのだという。

離婚後、神山易久は昭和51年(1976年)に 第2基半地上式穴窯(鹿背窯)を築窯して、須恵器の研究を開始し、以降は半地上式穴窯を次々に築窯し、国内外で個展を開き、信楽焼の陶芸家として国際的に活躍している。

なお、神山清子の経歴は「神山清子の立志伝」をご覧ください。

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