村井完一の立志伝

ファミリアの創業者・坂野惇子の生涯を描く小説「べっぴんさん-坂野惇子の生涯」の登場人物の紹介編「べっぴんさん-村井完一の生涯」です。

村井完一の生涯

村井完一は明治43年(1910年)に大阪・船場の旧家・村井家に生まれた。大阪商業大学経営学部を卒業。陸軍中尉を務め、第2次世界大戦中の昭和19年(1944年)に中井栄三郎の娘・村井ミヨ子と結婚した。

当初、妻の村井ミヨ子(中井ミヨ子)は「村井のおじさまだけは絶対に嫌」と結婚を拒否していたが、父・中井栄三郎に「嫌なら、いつでも戻ってきなさい」と諭され、結婚を受け入れた。

妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)は体が弱く病弱だったので、村井完一はいつも妻・村井ミヨ子の事を気づかった。

戦後、妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)が親友・坂野惇子に誘われてベビーショップ・モトヤ(後のファミリア)を手伝うことになったとき、初めは村井完一も「迷惑を掛けない程度なら」と応援したが、主治医が「自殺行為だ」と言ったので、反対にまわる。

しかし、妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)の父・中井栄三郎が「無理をしないで、ご迷惑を掛けない程度なら仕事をもった方がいい。今後の世の中は女性も家の中に閉じこもるべきではない」と言うので、妻・村井ミヨ子を支援する事を決めた。

妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)は体が弱かったため、週3~4回の勤務で、午前10時から午後4時までの勤務とし、午後5時になると、村井完一が迎えに行き、「ミヨ子はもう寝る時間なので」と言い、妻・村井ミヨ子を連れて帰った。

しかし、妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)は坂野惇子(ばんのあつこ)と一緒に働くようになってからは、次第次第に健康になっていき、ファミリアを創業する頃には毎日出勤できるようになっていた。

このため、ファミリアの設立時は、村井完一も妻・村井ミヨ子(中井ミヨ子)がファミリアに参加する事に賛成して応援した。

村井完一は妻・村井ミヨ子がファミリアで働けるように支援し、村井完一自身もファミリアで監査役を務めたほか、昭産商事の顧問を務めた。

なお、立志伝「ファミリア創業者・坂野惇子の立志伝」の登場人物の一覧は「ファミリア創業者・坂野惇子の生涯-登場人物のまとめ」をご覧ください。

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