べっぴんさん-野上正蔵(名倉潤)のモデルは尾上設蔵

名倉潤が出演する朝ドラ「べっぴんさん」に登場する野上正蔵(のがみ・しょうぞう)の実在のモデルの紹介です。

べっぴんさんの野上正蔵(のがみ・しょうぞう)

野上正蔵(名倉潤)は、野上潔(高良健吾)の父親で、坂東営業部を創業した坂東五十八(生瀬勝久)の片腕として活躍した人物である。

野上正蔵(名倉潤)は、田舎から大阪へ出て、大阪で働き始めた時に坂東五十八(生瀬勝久)と出会い、坂東営業部に入社する。

野上正蔵(名倉潤)は、実直で頭の回転が速く、数字に強く、坂東五十八(生瀬勝久)に認められて坂東営業部の番頭に抜擢され、坂東五十八(生瀬勝久)の右腕として活躍し、生涯、坂東家に使える事を決意する。

創業者の坂東五十八(生瀬勝久)が政界へと進出して貴族院議員になって以降は、番頭の野上正蔵(名倉潤)が実質的な社長として坂東営業部を経営する。

野上正蔵(名倉潤)のモデルは尾上設蔵(おのえ・せつぞう)

モデルの尾上設蔵(おのえ・せつぞう)は、兵庫県の出身で、銀行家を目指して大阪へと出たが、世話人の紹介で、佐々木八十八が創業した「佐々木営業部(レナウン)」へ入社する。

尾上設蔵は銀行家を目指していただけあって計算に秀でており、26歳という若さで佐々木営業部の番頭(支配人)に抜擢され、「レナウン」の商標を取得するなど、佐々木八十八の右腕とした活躍した。

佐々木八十八が政界へ進出して以降は、尾上設蔵が実質的な社長として佐々木営業部(レナウン)を経営し、メリヤス業界のトップにまで成長させた。

尾上設蔵は、国策に沿って佐々木営業部(レナウン)を海外進出させ、国内外を忙しく飛び回っていたが、第二次世界大戦中の昭和15年(1940年)に死去した。享年54歳。

なお、朝ドラ「べっぴんさん」の登場人物の実在のモデル一覧は「べっぴんさん-登場人物・キャスト・モデルまとめ」をご覧ください。

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