まんぷく-テイコー食品と猿渡のモデルは日華食品の実話

NHKの朝ドラ「まんぷく」に主演するテイコー食品と社長・猿渡鎌作(田中哲司)の実在のモデルを紹介します。

まんぷく-テイコー食品

朝ドラ「まんぷく」に登場するテイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)は、「まんぷく食品」の社員・坂部を引き抜き、「本家まんぷくラーメン」を発売する。

「まんぷくラーメン」を販売していた「まんぷく食品」の社長・立花萬平(長谷川博己)は、偽物の存在を知って驚き、「まんぷく食品」は特許を申請していると言って抗議した。

しかし、テイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)は、即席ラーメンの本家は自分だと主張し、取り合うとしなかった。

テイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)も即席ラーメンの特許を申請していたことが判明し、かなりの混乱が予想されたが、無事に「まんぷく食品」の特許が認められたので、テイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)も製造を中止すると思われた。

しかし、テイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)、特許を取得したのは「まんぷく食品」でも、即席ラーメンを先に作ったのは自分たちだと言い、「本家まんぷくラーメン」の販売を止めなかった。

怒った立花萬平(長谷川博己)は、元社員の坂部を呼びつけて糾弾すると、坂部は5倍の給料でスカウトされ、即席ラーメンの製造方法をテイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)に教えたことを明かした。

そこで、立花萬平(長谷川博己)は、元社員の坂部を証人として裁判を起こすことを告げると、テイコー食品の社長・猿渡鎌作(田中哲司)は偽物の製造を止めることを約束したのだった。

テイコー食品の実在のモデル

朝ドラ「まんぷく」に登場する「テイコー食品」のモデルは「日華食品」なので、「日華食品」の実話を紹介する。

日清食品の安藤百福(呉百福)は、昭和33年(1958年)8月25日に即席ラーメン「チキンラーメン」を発売した。当初は問屋から相手にされず、全く売れなかったが、「チキンラーメン」は昭和34年に爆発的に売れ行きを見せた。

すると、続々と即席ラーメンに参入する業者が現れ、「チキンラーメン」の類似品が売られるようになった。

このとき、日清食品の安藤百福(呉百福)は「チキンラーメン」の商標を取得していなかったので、「チキンラーメン」という名称で販売する偽物が現れた。中にはパッケージまでコピーしたような悪質な商品もあった。

怒った日清食品の安藤百福(呉百福)は、莫大な広告費を投入して、「チキンラーメン」の周知商標の確定を急ぎ、類似品製造業者に製造中止を警告したが、偽「チキンラーメン」を製造していた日華食品は警告に従わなかった。

そこで、日清食品の安藤百福(呉百福)は「チキンラーメン」の商標が認められると、偽「チキンラーメン」を製造していた日華食品を訴え、日華食品に商標使用禁止の仮処分が決定された。

ところが、日華食品の反訴によって、日華食品の方が日清食品よりも1ヶ月早く「チキンラーメン」の商標を申請していたことが判明したため、日華食品に対する商標使用禁止の仮処分が停止されたのである。

そこで、日華食品は、日清食品の安藤百福(呉百福)を名誉毀損・営業妨害などで訴え、反撃に出た。

しかし、日華食品は日清食品の従業員2名を引き抜いて、チキンラーメンの製造方法を聞き出していたこもあり、敗訴してしまう。

その一方で、偽「チキンラーメン」を製造していた業者が集まって「全国チキンラーメン協会」を設立し、「チキンラーメンは、チキンライスと同じで、一般名称だ」と主張して、日清食品の商標に異議を申し立てていた。

しかし、「全国チキンラーメン協会」の異議も退けられ、日清食品の「チキンラーメン」の商標が確定したので、日清食品以外のメーカーは「チキンラーメン」という商品名が使えなくなり、様々な名前の即席ラーメンが誕生するのだった。

なお、朝ドラ「まんぷく」の各モデルのネタバレは「まんぷく-実在のモデル一覧」をご覧ください。

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