わろてんか-治平(西川きよし)の実在のモデル

NHKの朝ドラ「わろんてんか」の最終回に登場する治平(西川きよし)の実在のモデルと実話のネタバレです。

治平(西川きよし)のあらすじとネタバレ

朝ドラ「わろてんか」に登場する治平(西川きよし)は、藤岡てん(葵わかな)の遠縁に当たる親戚で、滋賀県で薬草を作る農家をしており、最終回で疎開してきた藤岡てん(葵わかな)を受け入れる。

治平(西川きよし)は息子を戦争に取られており、藤岡てん(葵わかな)にも厳しく接し、藤岡てん(葵わかな)に笑いを禁じるが、笑いを禁じられた藤岡てん(葵わかな)は亡き父・藤岡儀兵衛(遠藤憲一)を思い出すのだった。

藤岡てん(葵わかな)は、治平(西川きよし)が本来は優しい性格だと知り、藤岡てん(葵わかな)は自分も息子・北村隼也(成田凌)を兵隊に取られており、辛いことを打ち明け、辛いからこそ笑っているのだと教えると、治平(西川きよし)は笑いに対して理解を示すようになる。

治平(西川きよし)のモデルと実話

朝ドラ「わろてんか」に登場する(西川きよし)の実在のモデルはいません。「わろてんか」のオリジナルキャラクターです。

吉本興業の創業者・吉本せい(林せい)が疎開していたという話は聞いたことが無いので、断言はできないが、疎開はしていないと思われる。

吉本興業は昭和16年(1941年)以降、芸人や幹部を戦争に取られていき、事業の縮小を余儀なくされたうえ、当局の命令によって寄席を閉鎖したり、建物疎開にって寄席を手放したりした。

吉本興業の戦地慰問隊「わらわし隊」は、「笑わず」という言葉が不謹慎ということで、名前を変えて昭和19年まで戦地慰問を続けていたが、芸人が兵隊に取られていたことから、規模を縮小していた。

武井風太(濱田岳)のモデルである吉本興業の林正之助は、召集されそうになったが、自分がいなくなれば吉本興業が困るので、演芸(わらわし隊)で軍に貢献すると言い、兵役逃れをした。

そして、林正之助は、どこかで空襲があったと聞くと、ヒロポンを打て自転車に飛び乗り、夜通しで自転車を走らせて寄席の安否を確かめに行くなどしているので、林正之助は疎開はしていないはずだ。

吉本せいについては、兵隊のために慰問袋を作るエピソードなどが残っているが、疎開のエピソードは聞いたことが無い。

そして、吉本興業の事務所から資料を避難させようとしていた矢先の昭和20年(1945年)3月13日に大阪大空襲があり、吉本興業の事務所も寄席も全て燃えてしまったというので、おそらく、疎開する前に焼け出されたというのが史実だろうと思われる。

戦前の吉本興業の歴史に空白があるのは、全て資料が燃えてしまったためである。また、「万才を漫才と改称したのは林正之助」などの間違った説があるが、こうした誤説のほとんどは、林正之助が全て自分の手柄にしてしまったからである。

さて、吉本の寄席は、大阪大空襲で千日前の常盤座の除いてほぼ全焼しており、比較的に軽傷だった千日前の常盤座を復旧し、大阪大空襲から1ヶ月後の昭和20年4月には横山エンタツ劇団が千日前の常磐座で公演した。入場料は無料だった。

そして、吉本の芸人が続々と集まってくると、林正之助は昭和20年4月ごろ、退職金代わりとして、吉本の芸人の借金を帳消しにし、吉本の全芸人を解雇した。

しかし、ドケチで有名な花菱アチャコは、吉本の芸人が自分だけになれば、仕事が入ってきたときに仕事を独占できると考え、頑として首を縦に振らず、吉本興業に残して欲しいと懇願した。

林正之助は、それを吉本に対する忠誠心と勘違いしたのだろう。林正之助は、最後に常盤座で公演し、その売り上げを全部、花菱アチャコにやったら、あまりにも大金だったので、花菱アチャコは腰を抜かして驚いたという。

こうして、林正之助は終戦直前に、花菱アチャコだけを残して、吉本興業の芸人を解雇して演芸を捨てたのである。

そして、戦後、演芸を捨てた吉本興業は、京都の祇園でGHQ用のキャバレー「グランド京都」と、映画館の経営で復興していくのである。

一方、吉本せいは、大阪の自宅を焼け出され、戦後は甲子園の別邸に引きこもり、送られてくる報告書に目を通すだけで、吉本興業には口を出さず、昭和23年1月に「吉本興業合名会社」を「吉本興業株式会社」に改組したのを機に、代表権の無い会長に退き、名実ともに実権を林正之助に委ねた。

この間に、最愛の息子・吉本穎右(吉本泰典)が歌手・笠置シヅ子と恋愛騒動を起こした末に昭和22年(1947年)5月19日に結核で死去しており、吉本穎右(吉本泰典)の死後、吉本せいは結核を悪化させて衰えていき、昭和25年(1950年)3月14日に死去した。享年61だった。

そして、吉本せいの死後、吉本家と林家がもめたとき、吉本家が頼ったのが阪急グループの小林一三で、小林一三が解決のために文部大臣の清瀬一郎に仲介を依頼し、清瀬一郎がもめ事を解決した。

なお、朝ドラ「わろてんか」のモデルについては「わろてんか-登場人物の実在モデル」をご覧ください。

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