朝ドラ「おちょやん」山村千鳥(若村麻由美)のモデル

朝ドラ「おちょやん」で竹井千代(杉咲花)の師匠となる山村千鳥(やまむら・ちどり)のモデルを紹介します。

山村千鳥(若村麻由美)のモデル

山村千鳥(若村麻由美)のモデル村田栄子は、東京都出身、明治23年(1890年)10月12日生まれである。祖父は幕末の儒学者・林靏梁(はやし-かくりょう)という由緒正しき家系である。

村田栄子は、女優の道に進んで演出家・小山内薫に師事し、松井須磨子の芸術座や武田正憲の新日本劇などを経て、一座を立ち上げた。

そして、村田栄子一座が京都の三友劇場を根城にして活動していたとき、浪花千栄子が一座に入っていた。

浪花千栄子は、京都のカフェー「オリエンタル」で女給をしていたときに、同僚ユリちゃんに誘われて、無名プロダクションに入ったのだが、このプロダクションは1本の映画を撮ることなく、潰れてしまったので、監督の紹介で村田栄子一座へ入ったのである。

しかし、そもそも、浪花千栄子は屋敷奉公を希望しており、女優になどなりたくはかった。無名プロダクションに入ったのも、同僚ユリちゃんのせいだったので、村田栄子一座に入っても女中として働いていた。

ところが、村田栄子の弟子は簡単な仕事でも手順を間違えてばかりのに、浪花千栄子は2~3回で手順を覚えて、何事も手際が良いので、村田栄子は浪花千栄子を気に入って弟子にしたのである。

さて、村田栄子は台詞をよく忘れるので、舞台を観て台詞を覚えていた浪花千栄子が、舞台裏から村田栄子に台詞を教えるようになった。

そのようななか、舞台「正ちゃんの冒険」で主演していた村田栄子が肺炎にかかって倒れ、舞台に出られなくなってしまったので、困った劇団員は台詞を覚えていた浪花千栄子を舞台に上げた。

しかし、浪花千栄子は緊張のあまり、覚えているはずの台詞が出てこないので、それを誤魔化すために、舞台にぶら下がっていたロープにぶら下がったり、舞台に設置されている木によじ登ったりして、舞台を所狭しと大暴れした。

ところが、正解だった。

村田栄子は、ロープにぶら下がったり、木によじ登ったりしするのを怖がり、やっていなかったのだが、そもそも、舞台は子供向けの「正ちゃんの冒険」なので、浪花千栄子の行動は正しかったのである。

このため、浪花千栄子の芝居は受けに受けて上演期間も延長され、浪花千栄子は一気に看板女優へと躍進した。

しかし、村田栄子は癇癪持ちで気性が激しく、松井須磨子と喧嘩して芸術座を辞めたような人なので、浪花千栄子に厳しく当たり、浪花千栄子は生傷の絶えない日々を過ごした。

そのようななか、浪花千栄子は、村田栄子に3階の階段から突き落とされた。

三友劇場の場主は、さすがに可愛そうだと思い、浪花千栄子に映画の「東亜キネマ」を紹介した。

こうして、浪花千栄子は、「村田栄子一座」を去って「東亜キネマ」の等持院撮影所へ移り、映画女優になるのだった。

このように、山村千鳥(若村麻由美)のモデル村田栄子は気性の激しい人だったので、竹井千代(杉咲花)には前途多難の弟子生活が待ち受けているかもしれない。

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