「おちょやん」の花車当郎の実話

NHKの朝ドラ「おちょやん」のモデルを解説するシリーズです。今回は塚地武雅が演じる花車当郎(はなぐるま・あたろう)のモデルを解説します。

花車当郎のモデルは花菱アチャコ

朝ドラ「おちょやん」の竹井千代は、逃げ込んだ防空壕で、漫才師の花車当郎と出会うとことになる。

この漫才師・花車当郎の実在モデルは、吉本興業の漫才師・花菱アチャコである。

竹井千代は花車当郎の事を知らないようだが、モデルの花菱アチャコは、横山エンタツと漫才コンビ「エンタツ・アチャコ」として活動していたとき、「しゃべくり漫才」という新しいスタイルの漫才を確立し、昭和9年(1934年)に「早慶戦」というネタで一世を風靡した。

演芸と演劇なので、活動する世界は違えども、同じ大阪の芸能界に居るのだから、花菱アチャコを知らないはずがない。

しかし、お互いに面識は無かったようだ。

モデルの花菱アチャコは、浪花千栄子との出会いについて、「エンタッ氏以来の名コンビになった浪花千栄子さんとは、NHKの『アチャコ青春手帖』で、彼女が母親役として共演したのが、そもそもの出会いである」と証言している。

一方、浪花千栄子は「関西の喜劇で、私の相手を選ぶなら、花菱アチャコさんしかいらっしゃらないと、心に決めていた私に、そのものズバリ、その機会を与えてくださったのは、この富久さんの好意と熱意です」と証言している。

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浪花千栄子と花菱アチャコの出会い

2人の出会いとなったのは、昭和27年(1952年)1月放送開始の花菱アチャコのラジオドラマ「アチャコ青春手帖」だった。

花菱アチャコは、月宮乙女を相手役にして、「アチャコ青春手帖」の放送を開始したのだが、月宮乙女が2回で降板してしまった。

そこで、花菱アチャコは、大阪弁が喋れて、自分のアドリブに対応できる女優・浪花千栄子を相手役に指名した。

しかし、浪花千栄子は、夫の2代目・渋谷天外が九重京子と不倫にして子供を産ませたので、昭和26年4月に松竹新喜劇を辞めて、行方不明になっており、連絡が取れない。

ただ、浪花千栄子が京都に居るという噂があったので、NHKのプロデューサー富久進治郎が噂を頼りにして京都を探したのだが、浪花千栄子は見つからなかった。

もうタイムリミットなので諦めようとしたのだが、もう1日だけ待ってみようと言う事で、富久進治郎が京都を探すが、やはり見つからなかった。

ところが、富久進治郎が一杯飲み屋に入って、「浪花千栄子はこの辺にいるはずなのだが、知らんかね」と尋ねると、店主が「浪花さんなら、今さっき、お風呂屋に入っていきましたよ」と教えてくれ、無事に浪花千栄子を発見する事が出来た。

浪花千栄子はこのときのことを、「谷天外との破婚から、一時は再起できるかどうか自分でも全く自信を失っておりましたが、常々、アチャコさんの芸風を存じ上げていましたので、もしアチャコさんの相手役になれたら、女優としてカムバックできるのではないか、と、おぼろ気に、そう感じていたわけで、少々、生活が苦しくても、アチャコさんと共演できるまではがんばろう、と他の話を断わりつづけてまいったのです」と語っている。

実話通りに話しが進めば、朝ドラ「おちょやん」の竹井千代は、夫・天海一平と離婚した後、漫才師の花車当郎とラジオ番組を始めるという展開になるのだろう。

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