毛利の読み方は「もり」だった

中国地方の覇者・毛利元就で有名な毛利氏は、現在は「もうり」という読み方ですが、戦国時代には「もり」と発音されていたという説があります。

根拠
毛利氏は、相模国愛甲郡毛利庄(現在の神奈川県厚木市)を本領としたことから、毛利を名乗るようになりました。この毛利庄が「もりのしょう」と発音することから、毛利氏の発音は「もり」と発音されていたと考えられています。

根拠
豊臣秀吉の家臣に、毛利勝信と毛利高政という毛利姓の武将が居ます。この毛利勝信と毛利高政は、元々は森姓で森勝信と森高政と名乗っていたのですが、毛利家の許しを得て「毛利」へと改めました。

このことから、「森」と「毛利」の発音が同じだったので、毛利は「もり」と発音されていたと考えられています。

根拠
福岡藩主・黒田長政の家臣に母里太兵衛(母里友信)という武将が居ます。母里太兵衛は慶長11年に将軍・徳川秀忠から書状をもらいましたが、この書状に「毛利太兵衛」と間違って書かれてしまいました。

書状を見た母里太兵衛(母里友信)は、将軍家に恥をかかせてはいけないと思い、毛利姓へと改め、「毛利太兵衛」と名乗るようになりました。

この母里は当時、「ぼり」もしくは「もり」と発音されており、毛利も「もり」と発音されていたので、右筆(代書係)が毛利と書き間違えたと考えられています。

ちなみに、黒田長政の父・黒田勘兵衛は現在では「くろだ・かんべえ」と発音されていますが、戦後時代は「くろだ・くゎんべぇ」「くろだ・くゎんぴょうえ」「くろだ・くゎんひょうえ」などと発音されていたと考えられています。

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