浪花千栄子の立志伝-市川百々之助との金銭トラブル

NHKの朝ドラ「おちょやん」のモデル浪花千栄子の生涯を描く立志伝の第11話「市川百々之助との金銭トラブル」です。

浪花千栄子の立志伝の目次は「おちょやん-浪花千栄子の立志伝の目次」をご覧ください。

浪花千栄子の誕生

浪花千栄子は、京都・三友劇場の「村田栄子一座」に居たとき、隣の新富座と交流があり、新富座に出演していた市川右太衛門に親切にしてもらっていた。

浪花千栄子は、東亜キネマ時代もロケ先で市川右太衛門と一緒になっており、市川右太衛門から独立するのでプロダクションの立ち上げに加わって欲しいと頼まれていた。

そして、昭和2年、市川右太衛門がマキノプロダクションから独立して、プロダクションを発足したので、浪花千栄子は東亜キネマを辞めて市川右太衛門のプロダクションの立ち上げに参加した。

しかし、仕事が始まるまでに時間があったので、浪花千栄子は、仕事が始まるまで屋敷奉公しようと思い、奉公先にプロマイドを送ったところ、プロマイドが帝国キネマから独立したばかりの人気役者・市川百々之助の目に止まった。

市川百々之助は、伏見直江を相手役にしていたのだが、伏見直江に逃げられてしまったので、相手役を探しており、浪花千栄子を相方に抜擢したのだ。

こうして、市川百々之助が市川右太衛門から浪花千栄子を横取りする形で、浪花千栄子は市川百々之助のプロダクションに入った。

そして、市川百々之助が「大阪の女優」ということで、「浪花千栄子」と名付けたのだが、市川百々之助は浪花千栄子が道頓堀の仕出し料理屋「浪花料理」で奉公していたことは知らず、奉公先の屋号と同じになったのは全くの偶然だった。

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金銭トラブル

浪花千栄子は、市川百々之助のプロダクションで数本の映画に出演したが、給料を貰えず、ただ働きをしていた。

そのようななか、市川百々之助が帝国キネマに復帰することになり、市川百々之助が「今度は給料を払う」というので、浪花千栄子は給料を100円と決め、市川百々之助から給料を貰うという契約で、帝国キネマに移った。

しかし、浪花千栄子は市川百々之助の相手役なのに、名札が一番下の研修生のところにかけられているうえ、市川百々之助は給料をくれず、またもやただ働きをさせられ、ようやく給料を貰えたと思ったら、封筒の中に入っていたのは20円だけだった。

これに怒った浪花千栄子は、市川百々之助をポカポカと4つ殴って帝国キネマを辞めた。

その後、映画監督・森本登良夫のプロダクションに入って数本の映画に出演し、次で沢田義雄のプロダクションに入って映画に出演するが、プロダクションが解散したので、映画界を諦めて、舞台女優へと転身したのだった。

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