浪花千栄子の立志伝-松竹新喜劇の旗揚げ

NHKの朝ドラ「おちょやん」のモデルとなる女優・浪花千栄子の生涯を描く立志伝の第15話「松竹新喜劇の旗揚げ」です。

浪花千栄子の立志伝の目次は「おちょやん-浪花千栄子の立志伝の目次」です。

松竹新喜劇の旗揚げ

空襲によって大阪の道頓堀は壊滅したが、浪花千栄子ら「松竹家庭劇」は終戦を迎えると、活動を再開する。

しかし、2代目・渋谷天外は、座長の曾我廼家五郎と喧嘩をしたので、浪花千栄子らを連れて「松竹家庭劇」を辞め、喜劇団「すいーと・ほーむ」を旗揚げして、旅巡業に出た。

途中で、満州慰問隊に参加していた曾我廼家十吾が無事に帰国して、「すいーと・ほーむ」に参加している。

そのようななか、喜劇王と呼ばれた曽我廼家五郎が昭和23年(1948年)11月1日に死去した。

そこで、松竹は「曽我廼家五郎」「松竹家庭劇」「すいーと・ほーむ」を合併して、昭和23年12月に「松竹新喜劇」を旗揚げした。

浪花千栄子ら「すいーと・ほーむ」は、徳島県の歌舞伎座へ出演していたときに、松竹から呼び戻され、「松竹新喜劇」の旗揚げに参加した。

しかし、「新喜劇」と言っても、芝居は古臭いうえ、3つの劇団を併合したので、女形と女優が共存するという、いびつな劇団だった。

戦後の食べものにも困る時代だったこともあり、「松竹新喜劇」は客が入らず、経営は火の車で、松竹の担当者が社長に解散を進言するほどだった。

しかし、松竹の大谷竹次郎は、全ての責任には自分が取ると言い、「松竹新喜劇」を存続させた。

やがて、女形が見切りを付けて辞めていくと、「松竹新喜劇」は芝居が面白くなり、劇団の運営も上向き始めた。

浪花千栄子は、脚本家の妻が良い役を取っては劇団の運営に支障を来すという理由で、人の嫌がる役ばかりを押しつけられ、女優として不遇の時代を過ごし続けてきたが、ようやく女優頭として活躍するようになり、人気が出始めた。

ところが、その矢先、夫の2代目・渋谷天外が、女優の九重京子(渋谷喜久栄)と不倫をしている事が判明するのだった。

渋谷天外が九重京子と不倫をして浪花千栄子と離婚」へ続く。

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