大井どんたく夏祭りの由来と発祥と起源

東京都品川区大井町で行われる「大井どんたく夏祭り」の由来と発祥と起源や考案者を紹介です。

大井どんたくの考案者は阪急百貨店の清水雅

第1回・大井どんたくは、昭和29年(1954年)8月21日・22日の2日間にわたわり阪急百貨店の主催で開催された。

実は、大井どんたく夏祭りを考案・開催したのは、阪急百貨店の初代社長・清水雅なのである。

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大井どんたく夏祭りの発祥と由来

前年の昭和28年(1953年)、国電・大井町駅の前に鐘淵紡績(カネボウ)のビルがあり、鐘淵紡績の武藤絲治(武藤山治の次男)が、阪急グループの総帥・小林一三に国電・大井町駅のビルを使わないかともちかけた。

これが切っ掛けで、阪急百貨店の東京進出が決まり、阪急百貨店の初代社長・清水雅は、昭和28年(1953年)11月28日に東京大井店をオープンして、関西の百貨店で初の東京進出を果たした。

しかし、当時の東京都品川区大井町は空襲の影響で荒廃しており、復興とはほど遠い状態だった。

清水雅は「百貨店はお客様に来てもらう商売で、出かけていく商売ではない。百貨店がいくら努力しても、街が大きくならなければ、百貨店は大きくならない。百貨店はあくまでも街に付随した物である」と思い、大井町を復興させようと考えた。

そして、清水雅は、大井町を復興させるため、大井町に東京一の名物になるようなものを作ろうと考えたとき、1年前に福岡で見た「博多どんたく」を思い出した。

1年前、清水雅は九州の百貨店組合から講演を頼まれ、福岡県・小倉の井筒屋百貨店で講演をした。このとき、組合員の強い勧めで、博多に泊り、博多どんたくを見学することになった。

清水雅は祭りとは縁が無く生きてきたが、街全体が3日間も1つの事に熱狂する「博多どんたく」を見て驚き、強い印象を受けていた。

そこで、清水雅は大井町でも「博多どんたく」のような祭りを開催して東京一の名物にしようと思い、大井町で「大井どんたく」を開催することにした。

本来なら、「博多どんたく」のように町人が踊ったり、歌ったりするのが良いのだが、最初から、そう上手くはいかないだろうと思い、阪急グループから宝田明や東宝の女優を呼んでステージで歌わせることにした。

こうして、昭和29年8月21日・22日の2日間にわたわり、阪急百貨店の主催で「第1回・大井どんたく」が開催された。これが「大井どんたく・夏祭り」の始まりである。

やがて、町人がステージにあがるようになり始めたので、清水雅は当初の考え通り、「大井どんたく」の開催から手を引き、「大井どんたく」の運営を大井町に委ね、現在の「大井どんたく夏祭り」という形になった。

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