NHKの朝ドラ「まんぷく」に登場する栄養学者・近江谷佐吉のモデルの紹介です。
朝ドラ「まんぷく」に登場する栄養学者・近江谷佐吉は、大阪帝国大学の栄養学研究室の教授である。
戦後、今井福子(安藤サクラ)は産後の肥立ちが悪くて寝込んでいたが、栄養があるものを食べると、徐々に体調を回復した。
そこで、立花萬平(長谷川博己)は、栄養食品を作ることを思いつくが、何をどうして良いのやら、皆目見当もつかなかった。
すると、大阪帝国大学出身の神部茂(瀬戸康史)が、立花萬平(長谷川博己)に大阪帝国大学の医学部・公衆衛生講座の教授・近江谷佐吉を紹介した。
近江谷佐吉は栄養学の教授で、立花萬平(長谷川博己)にタンパク質やビタミンが大事だと教えると、立花萬平(長谷川博己)から頼まれて、栄養食品を開発するために発足した「立花栄養食品研究室」の相談役に就任した。
近江谷佐吉らはガマガエルを使った栄養食品に失敗したが、骨髄からタンパクエキスを抽出して、パンに塗って食べるペースト状の栄養食品「ダネイホン」の開発に成功した。
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朝ドラ「まんぷく」に登場する栄養学者・近江谷佐吉の実在のモデルは、栄養学者・茶珍俊夫(ちゃちん・としお)です。
茶珍俊夫は明治35年(1902年)12月15日に大阪府大阪市三軒屋2丁目で生まれ、大阪府立岡中学校を卒業後、第3高等学校を経て東京帝国大学農学部へと進学した。
茶珍俊夫は昭和2年(1927年)3月に東京帝国大学を卒業し、昭和2年8月に大阪市立衛生試験所に入所した。
戦後は昭和21年(1946年)11月に大阪市立生活科学研究所(大阪市立衛生研究所)の所長に就任し、昭和24年(1949年)に大阪市立大学で食品科学講座の教授や家政学部の部長に就任したほか、栄養学院の院長にも就任した。
その後、茶珍俊夫は生活衛生協会の設立に尽力して、設立後は副会長に就任したほか、大阪市学校給食協会の理事なども務め、大阪の衛生・栄養・給食などに貢献し、昭和40年(1965年)8月2日に死去した。
立花萬平(長谷川博己)のモデルである安藤百福(呉百福)が昭和23年(1948年)に病人食を開発するため、専門家を集めて国民栄養科学研究所を設立すると、茶珍俊夫も招かれて、国民栄養科学研究所に関与している。
国民栄養科学研究所は、骨からタンパクエキスを抽出して、パンに塗って食べる栄養食品「ビセイクル」を開発したのだが、茶珍俊夫が具体的にどのように関わったのかは分からない。
また、立花萬平(長谷川博己)がカエルを圧力釜に入れて爆発されるエピソードは実話が元になっているのだが、安藤百福(呉百福)は自宅の日本間で食用ガエルを圧力釜に入れて爆発させており、おろらく、茶珍俊夫は関わっていない。
なお、朝ドラ「まんぷく」に登場する人物や企業の実在のモデルは、「朝ドラ「まんぷく」のキヤストと実在のモデル一覧」をご覧ください。
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