国衆は大名に両属が出来た

戦国時代の国衆は複数の大名に属する事が許されていました。少し意外かもしれませんが、両属がOKだったんです。

たとえば、織田信長と上杉景勝の領土の境界線にいるような国衆は、織田信長と上杉景勝の両方に属する事が認められていました。

そして、国衆は属する大名に税金を払うのですが、両属する国衆は、織田信長に70%、上杉景勝に30%などと、税金を納める分配を決めることが出来たのです。

現在の感覚で言えば、少し卑怯と思うかもしれませんが、戦国時代の国衆には色々な事が認められており、国衆も生き残りをかけて必死だったのです。

無理矢理、国衆を従わせようとすれば、一揆がおきたりするので、大名も国衆に色々な特権を与えていたのです。

たとえば、肥後大名になった佐々成政は、厳格な太閤検地を行い、国衆の特権を剥奪したので、肥後国人一揆を起こされ、その責任で切腹を言いつけられました。

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