戦国大名は権力が無かった

戦国大名は大変な権力を持っていると思われがちですが、実はそれほど権力はありません。独裁的な権力を示したのは、尾張の織田信長だけです。織田信長の影響で他の戦国大名は権力者だと思われているのです。

実際の戦国大名は、国衆を取りまとめる議長的な存在で、戦国大名が命令すれば、家臣がひれ伏して命令に従うわけでありません。

ただから、戦国時代は非常に民主主義的で、何か作戦を行うときは、軍議を開いて国衆の意見を聞きます。そして、戦国大名は国衆をとりまとめていくのです。

国衆は報酬をくれるから大名に従うのであり、報酬をくれない大名には従いません。報酬をくれる大名へと鞍替えします。

現代の感覚でいえば、「会社の社長は社員に給料を払うから、社員から社長として尊敬されているのであり、給料が払えない社長は、社員から尊敬されない」ということです。

それで、国衆は「こんな大名にはついていけない」「この大名は報酬をくれない」「この大名では将来が不安だ」という理由で、大名を追放して新しい大名を迎えることもあります。

たとえば、甲斐の大名・武田信虎は、信濃侵攻で良い成果を出せなかったので、国衆や家臣から追放され、武田信玄が後を継いで大名になっています。

現代でも、業績が悪いと会社の社長が追放されるケースがあります。ある意味では、戦国時代は現代よりも進んでいたのかもしれません。

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